-石工道具の説明と制作工程の解説1の続き-
8分[はちぶ]の太さのハツリノミと大石頭[だいせっとう]とでの作業では、必要以上に石を削り取ってしまう可能性があるので、6分[ろくぶ]の細さの③ムシリノミと⑩中石頭[ちゅうせっとう]に切り替えて、線彫り作業を続けます。ちなみに6分の細さのノミを重い大石頭で打撃すると、威力が強すぎてノミの刃[は]が折れてしまいます。ノミのサイズに合わせて石頭の大きさも変えていかなければなりません。
道具はさらに細い4分[よんぶ]の④字堀ノミ[じぼりのみ]と、打撃力の少ない⑪小石頭[しょうせっとう]に切り替えています。側面にけがいた線ぎりぎりまで、慎重に線彫り作業を繰り返して石を剥がしていきます。この頃のなると周囲に広がる石の破片、木っ端[こっぱ]もかなり小さくなっています。
線彫り作業を終えて、4分の細さで刃の幅2cmの⑥平刃ノミ[ひらばのみ]を使用しての石の角出し作業を始めます。尖った箇所や破損してはいけない箇所から作業を進めるのが石材加工の基本です。石の角に平刃ノミをあて、小石頭でノミの頭を細かく打撃しながら平らにならしていきます。平刃の端部分を少し石の外側に出しながら打撃していくのが、石の角を破損しないで作業を進めていくコツです。
平刃ノミで石の角を整えた後、⑬ビシャンを使用して平らな面を作っていきます。柄を両手で持ち、刃先のつぶつぶをリズム良く石にあて続けながら、粗い線彫り痕の表面をならしていく道具です。石の角を破損しないように注意が必要です。
ビシャンの使用によりだいぶ表面が整ってきましたが、さらに平らにならすために⑭刃トンボ[はとんぼ]を使用します。この道具も柄を両手で持ち、リズム良く刃先を石にあてていきます。この薄く研いだ平刃部分で細かく叩かれ整えられた石の表面であれば、砥石[といし]による研磨作業の下地として使用できます。
側面の形ができあがったら、上面の風景の形状の制作に入ります。やはり石の角からノミ入れスタートです。残したい箇所、破損したくない箇所から作業を開始する基本をここでも心掛けます。今回の解説では表記していませんが、4分[よんぶ]よりも細い、3分[さんぶ]の④字堀ノミ[じぼりのみ]を使用しています。⑪小石頭[しょうせっとう]の柄を短く持ち、打撃力を少なめに調節して彫り進みます。
横方向から、そして縦方向からと線彫り作業を繰り返し、作品の形を決めていきます。上画像のように、彫刻はいったん線彫りの線の集合体で形作られることになります。
-石工道具の説明と制作工程の解説3に続く-
-石工道具の説明と制作工程の解説2の続き-
刃[は]の幅1cm、3分の細さの⑦平刃ノミ[ひらばのみ]で作品表面を整えていきます。狭く入り組んだ箇所は、⑧刃の幅5mmの平刃ノミも併用して使用します。小石頭での連打は軽く素早くなります。後に行う砥石[といし]を使用しての研磨作業が少しでも楽になるように、入念に平刃ノミを細かくあてて、表面のでこぼこをできるだけ失くしながら形を決定していきます。
雪山の山肌を作ります。3分の④字堀ノミの刃先を、薄く尖った山の尾根から麓にむかってジグザグに石に差し込んでいきます。納得いく山肌が石の表面に現れるまで、何度もこの作業を繰り返します。
よりはっきりと目立たせたい山肌は、3分の⑤丸ノミ[まるのみ]で溝をつついて深くします。不要な山肌も丸ノミでつついて潰し、雪溜まりの様な滑らかな質感に変化させます。丸ノミは刃先に角がないため、狭い溝の奥にも届いてくれて、刃先でつついて生じるノミ痕も石の表面に小さく繊細に残るので、この作品の場合仕上げ作業の道具として多用しています。
石工道具と制作工程の解説1内、作品画像の石の色を見ていただくと、山の頂上付近は色が薄く、山麓にかけて色が濃くなっているのが確認できると思います。この山麓付近の色の濃さは砥石[といし]によって石の表面を研磨することによって生じています(人間の視覚は、粗く傷がついた物質の表面は色が薄く、きめ細かく滑らかな物質の表面は色濃く艶やかに見える、という性質を持っています)。研磨によって表面に色艶の差異を生じさせることができるのが、石材の特徴の一つです。
私の場合は石の研磨作業も機械工具を使わず、すべて手作業で磨き上げます。上画像は普段私が御影石[みかげいし]を研磨するときに使用している主な砥石類です。それぞれ目の粗さが異なり、その粒度[りゅうど]は通常#付きの数字で表されます。小さい数字ほど目が粗く、大きい数字ほど目が細かくなります。 ①#30[荒目 あらめ、1番] ②#60[中目 なかめ、2番] ③#120[細目 ほそめ、3番] ④#200[細目 ほそめ、3番] ⑤#400 ⑥#600[白砥 しろと] ⑦#800[筋消し すじけし] ⑧#1500[F、艶下 つやした] ⑨#3000[S、艶出し つやだし]
平刃ノミの打撃で石の表面を細かく叩き整えた後、砥石を使用しての研磨作業がスタートします。硬い御影石の表面に美しい色と光沢を与えるためには、①#30荒目から⑨#3000S艶出しまで、少なくとも8種類(⑥#600白砥は使わなくても良い)の粒度の砥石を順番に使用し、石の表面を研磨し続けていく必要があります。平刃のノミ痕の石の表面を、いきなり#3000のきめ細かい砥石で研磨しても全く磨けず色艶は出ません。また各工程の仕事が不完全なまま#3000の砥石で研磨をしても石の表面は濁った艶が出るだけです。美しい光沢を得るためには各工程責任を持って、丹念に仕事を積み重ねていく必要がります。ちなみに研磨作業で石の表面に出現する色艶の話をしますと、#30、#60、#120、#200、#400、#600までの粒度の砥石は、石の色は徐々に濃くなっていきますが艶は出ません。艶が出るのは#800より上の粒度、#1500、#3000となります。
通常⑩のように、手磨き用の砥石はブロック状に市販されているのですが、それを作品の形状に合わせ、使いやすい大きさに割って使用します(上画像は研磨作業に実際使用した砥石類なので、いびつな形状をしています)。現在石材研磨用の砥石は、天然砥石はほとんど使用されず、硬い粒子を結合材で人工的に固めて加工した人造砥石が主流です。研磨作業工程で使用されるときの各砥石の粒度の数値は、砥石製造メーカーによって若干違いがあるので、上記①~⑨の粒度はおおよその数値です。
砥石がけは水を使いながら行います。研磨作業中発生する削られた石の粉が、砥石のざらざら面に詰まって研ぎづらくなるのを防ぐため、頻繁に水をかけて砥石に詰まった石の粉を洗い流します。砥石のざらざら面を常に石の表面に接触させながら研磨することによって、初めて石は磨かれていきます。石磨きに水は欠かせません。上画像は①#30荒目砥石で水を同時に使用して作品側面を研磨しているところです。僅かな平刃ノミの痕も残さないように、砥石で石を少しづつ削り落としていきます。その分石の表面は量が減るので、作品はほんの一回り小さくなります。平刃ノミで形作られた質感から砥石に研磨された質感に、石の表面の質感を移行させなければならないこの最初の荒目砥石での研磨作業が、砥石がけの中で一番時間と労力を必要とする作業となります。
石の研磨は大雑把にいえば、砥石による研磨作業で石の表面に発生する細かな傷を、より細かい粒度の砥石で研磨して削り取り、その研磨の際に石の表面に発生する細かな傷を、更に細かい粒度の砥石で研磨して削り取り、その研磨の際に石の表面に発生する細かな傷を、また更に細かい粒度の砥石で研磨して削り取り、その研磨の際に……、という工程の繰り返しになります。各研磨の工程を終えるたびに、石表面の色艶は濃くなっていきます。上画像は⑦#800筋消し砥石で研磨しているところです。画面後方にも#800砥石までの研磨作業を終えた作品がありますが、山麓付近の石の色がだいぶ濃くなっているのが確認できると思います。今回の作品は強い光沢は必要ないと判断したので、艶は控え目ですが石の色は濃く見える#800筋消し砥石での仕上げとしました。
画像を交えての石材加工道具の使用方法と作品制作工程の解説は、とりあえず今回は以上となります。いつか作品制作の状況を動画で紹介できればと思っています。
ではまた次回。
石像モニュメント「空の護り」を、(一財)空港保安事業センターASBC 本社エントランス(東京都港区)に設置しました。関係者の皆様ありがとうございました。
(一財)空港保安事業センターASBCのWebサイトはこちら
Q:質問
どのような方法で石を彫っているのですか? 細かい箇所などは何か特別な道具で彫っているのですか?
質問者:東京都にお住まいのT.Uさん そのほか多数の方々からの質問
A:回答
現代の大多数の石彫家は、主に機械工具を使用して石材を加工していますが、私の場合は彫刻作品の形成から研磨まで、昔ながらの手作業の方法で石材を加工しています。使う道具類も、昔から手作業での石材加工時に使用されてきた、基本的な形状のものだけです。時間をかけて、当たり前の基本を積み重ねて、日々彫刻制作をしています。T.Uさんをはじめ、これまでにもたくさんの方々から受けてきた上記の二つの質問ですが、多くの人に制作方法についてもう少し詳しく説明できればと思い、このHP、<BLOG>内の<制作>に、「石工道具の説明と制作工程の解説」というタイトルで記事を作成して投稿しています。この記事を悦欄していただいて、石の荒取りから仕上げまでの、私のおおよその制作過程の流れを理解していただけたら幸いです。
Q:質問
普段はどのような場所で制作しているのですか?
質問者:茨城県にお住まいのK.Wさん そのほか多数の方々からの質問
A:回答
私は東京藝術大学大学院を修了した1998年から、生まれ故郷の茨城県桜川市にある<マルケイワタナベ石材店>さんのご好意で、その石材店の資材置き場の一部をお借りして制作していました。その後母校の藝大彫刻科で非常勤講師を務めていた2008年から2013年の間は、藝大上野校地の石彫場で制作をしていました。2014年以降は、茨城県取手市の某所にある<アトリエ蔵>といわれる場所で制作しています。K.Wさんをはじめ、上記の質問は多くの方々から受けるのですが、このHPの<BLOG>内の<アトリエ>ページに、現在私が作業場として使用している<アトリエ蔵>の様子を記事にしてまとめてありますので、そちらをご覧になれば制作場所の様子がなんとなくわかると思います。
私の母校の藝大彫刻科では、彫刻棟内の玄関ギャラリーで毎年テーマを設けた写真展が一週間ほど開催されていて、2009年に私も後輩に誘われてつい出品してしまったことがあります。その時のテーマは<遊び>でしたので、ピサの斜塔を手で支えている小さな写真を出品したところ、いやぁ~、うれしはずかし大賞をとってしまいました。大賞受賞者はその年の年末に、同じ玄関ギャラリーで一週間個展をしなければならなかったので、どうしようと思い悩んだ末、上画像のような作品を作ってしまいました。とはいえ心の奥底では結構気に入っている作品だったので、思い切って記事にします。
この作品の正体は大きなポスターです。ポスターとしては一番大きいB0サイズ(1030×1456cm)です。現在は家の床の間の壁に大切に飾られています。ポスターの画像は、2003年に私の妻とイタリアのピサへ旅行に行った際に写真撮影されたものを使用しています。斜塔を支えた姿を写真に収めようと思い、私がポーズをとり妻がカメラマンを務めました。「もうちょっと肘曲げて、もうちょっと前のめり! 膝曲げてっ! 笑顔が足りないっ!!」などの妻からの的確な指示を受けながらの撮影でした。もう随分前の写真です。硬くこわばった笑顔が撮影現場の緊張感を今に伝えています。
斜塔を支えた姿の記念撮影写真は世界中に数多く存在すると思いますが、その中でもこの一枚はかなりイイ線いっているだろうと、密かに自画自賛しています。写真を撮ったのは妻ですけど…。
合成などではありません、ちゃんと現場に行って撮影されています。ちなみにポスター制作及び印刷は、妻の父親が経営する<きど印刷所>に注文しました。こんな注文でも快く引き受けてくださって、本当にありがとうございました。
では、また次回!
私が普段制作場として使用している<アトリエ蔵>に、いにしえの時代から伝わる<河合奈保子の等身大立て看板>を紹介します。本邦初公開です。
80年代に人気実力ともにトップクラスだった、歌唱力抜群のアイドル歌手です。笑顔で農協さんのマークを優しく抱える貴重な逸品です。
いやぁ~、アップに寄ると「スマイル フォー ミー」ですねぇ。あるいは「スマイル フォー ユー」ですねぇ。むしろ「あなたが、あなたが、眩しいわ~」ですねぇ。
では、また次回!
ちょっと懐かしい動画が今でもウェブ上にアップされていたので、記事にしておこうと思います。やがて表示されなくなっていたらごめんなさい。この動画は2008年に、茨城県常総市で開催された「常総市まちなか展覧会 それぞれの風景」展に出品する際、各出品作家を動画で紹介する企画がありまして、その時に撮影編集していただいたものです。関係者の皆様その節は大変お世話になりました。ありがとうございました。